深セン猛走会 ランニングブログ

広東省深圳(深セン)市の日本人を中心としたランニング練習会やレース、飲み会などのイベント情報

20261018西安ハーフ うまし うるわし西安

天のはら ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも

(訳:ここ長安から見える月と、私の地元、奈良の三笠山にかかる月は同じなのよ 場所は離れてても見える月は同じってことよ)

 

 

 

百人一首7番の詠みびととして有名な阿倍仲麻呂さん。

彼は幼いころから地元では負け知らずの天才児だった。

西暦717年、19歳の年に遣唐使に同行して

当時の世界最強の都市、長安(今の西安)に留学。

外国人ながらも科挙に合格。官僚としても出世し

当時の皇帝さんにも認知されるという超有能エリート人材だった。

 

齢50にて皇帝さんから日本への帰国の許可を得た彼は、

皆から惜しまれつつ開かれた送別会にてこの歌を詠んだそう。

本人としては日本に帰りたいと思う一方で

長安で30年も過ごし、日本のことなどほとんど忘れちゃったし

洗練された国際人になった自分がクソ田舎の地元に戻ってもどうなるんだろうか、と

不安にさいなまれていたのかもしれません。

 

ところが大量輸送と言えば馬、牛、ラクダによる陸路輸送が主流だったこの時代、

航海技術はまだまだ発達しておらず、当時使われていた平底船と呼ばれるモデルの船は簡単に転覆するヘボい船だったようで、

阿部さんの乗った船は出航後、嵐を乗り越えられずハノイに漂着して帰国失敗。

結局、長安に出戻り復職。

その後、帰国はあきらめたらしく、ハノイ駐在などを歴任し、

73歳、中国にてその生涯を閉じたとのことです。


はたです。


皇帝が宮を置き、西方シルクロードの入り口でもあり、

周りを山に囲まれ天然の要塞として鉄壁の強さを誇り、水も豊かで農業にも適した

政治、商業、軍事、農業の都、西安は、

秦、前漢、隋、唐など計13の王朝の首都として1100年選ばれ続けてきた由緒正しき古都です。
3000年以上歴史をたどることができ、現在も栄える都市というのはぐっとくるものがあります。

 

明の時代の城壁、三蔵法師が持ち帰ったお経が保管されている大雁塔、始皇帝の兵馬俑など、特級の観光資源が豊富なこの街で10/18(日)に大会が開催されました。

この大会、観光とランを組み合わせようと考えるランナーから

大変な人気を集め、抽選は非常に厳しいものとなりました。

 

レース/総申し込み/枠/当選率
フル/9.9万人/2.4万人/約20%
ハーフ/24.2万人/1.2万人/約7%

猛走会からは10人近くエントリー。

私は外れても応援と観光で行きたいなくらいに思っていましたが

当選したのは私だけ。

いつもならみんなでワイワイしながら予定を組むところ、

一人で淡々とC-TRIPで买票をし、

AIに相談しながら観光のスケジュールを組んでいきました。つまらん。

 

朝市

西安は100日毎日違う朝飯が楽しめると言われるほどバリエーションが豊かのだそうで、それを体験するため、金曜の夜から前乗り。

土曜は6時に起きて小南門市場までタクシー移動。私の想像していた朝市が現れます。ところ狭しと並ぶ屋台のあかりが眩しく、あちこちから聞こえるやかましい呼び込みで大変な活気を見せております。屋台にありがちな不衛生さについては、ごみ箱がそこらに配置されており、清潔感もある。

そして何と言っても城壁の下での朝市というのが旅情をそそります。

朝飯は言われているほどバラエティがあるわけでなく、胡辣汤か、肉夹馍がかなり多い感じ。

胡辣汤と卵入りの油条を頂いたら腹一杯になり、トイレもしたかったのでホテルに戻る。

 

兵馬俑

陳さんのアドバイスもあり、開館8時半のチケットを買ったが、戻ったホテルでグダグダしてしまい、博物館に着いたのは9時半。

タクシーを降りると雨にも関わらず、観覧客で長蛇の列。もっと早くこれば良かったと後悔。

 

期待して入った兵馬俑ですが実物は、まあまあ面白かったですが、延々と土人形ばかりなので飽きた、、

羊肉馍

これも食べてみたかった食べ物。春雨いりの羊肉のスープに硬いパンの

組み合わせ。地元民はだべりながらこのパンを小さく小さくちぎり

スープに落としていくのだそう。

実際に店に入ると、向こうの家族が実際に、楽しげにパンをちみちみとちぎっている。

それをみて私もオーダー。しかし残念なことに、パンがカットされて

スープに入った状態のものが提供されてきました。残念。。。

味は非常によろしかった。

 

レース

日曜、早朝起床。地下鉄でスタート地点に向かいます。

シーズン1戦目なので、今回のレースは低い気温でのペース感覚の確認。

南方の深圳は10月でもまだ30℃を超えるため、暑さでバテることもある。秋の気温ではどれくらいいけるのかを探るのが今回の目的でした。

 

スタートゲートをくぐって左手のCOROSの計測スタート。人の波をかき分けながらペースを作っていく。最初の1kmは540。心拍はそこまで上がらない。意外といけそうだ。しかし、レース序盤はとにかく人が多く走りにくい。。

 

5-6kmくらいから徐々に人がバラけてくるが、それでも人は多い。人を避けるのとペース管理に忙しい。

ここらへんで、後ろからわりとキレイめなお姉さんが大哥!と声をかけてきて、

後ろにつかせてもらうよ!的なことを言ってくる。心拍いくつだ!など

いろいろ話しかけてくれるが、听力不够なので全部は分からないのと、

会話する余裕もないので

我外国人,你说话50%听不懂!但是我理解你要一起跑,好吧!?と言って

申し訳ないけど軽く無視する。

お姉さんはわりと息が上がっており、気がついたらいなくなっていた。

 

コースは起伏緩やか、小さなくだり坂がいくつかあるくらい。

ペースを気にしながら淡々と刻んでいく。

気がついたら12キロくらいまではあっという間で、まだ余裕があるので、

残り5kmくらいから5分10秒まで上げてみる。

若干息が詰まる感じがあるが、心拍は160台。

これなら水曜練でやっている閾値走の強度だ、いける、と判断して続行。

まだ人が多く、のどは渇いてないので給水もパス。

20km地点で初めてタイムを見ると1時間46分と表示。

もうちょっと頑張れば50分切りいけたじゃんと少しだけ後悔がよぎるが、

タイムを狙った大会ではないとあきらめてラストはダッシュ。

ゴールは1時間51分でした。前回の太原から16分ほど記録更新。上々です。

ただ、これはあくまで本番レースのための確認作業なのであって、これの倍の距離を走ると考えるとまだまだやることがある、、

 

 

 

レース後は大会のシャトルバスで最寄りの地下鉄駅まで移動し、幌付きバイクタクシーに乗ってホテルに戻りシャワーしてチェックアウト。

 

AIに西安らしいところでちょっとつまみながら酒を飲みたいと聞いて提案された、薇酌飲(南門店)にタクシーで移動。

スタート地点の永寧門を眺めながら陕西料理で一杯。

ロケーションもメシも、酒も最高だけど仲間がいない打ち上げは侘びしい。

マイダンして、空港に移動して今回の旅は終わりました。

 

次回は成都、その次は杭州とまだまだ続きます。次は一人じゃない。頑張ります。